店主敬白
20日(木)−24日(月)、更新をお休みします。
25日(火)にまとめて記事をアップする予定です。
Fri,30 September 2005

テロの爪あと

昨29日(火)、バスに乗って外出。バスの1階(bottom deck)左側最後列に座っていて、ふと窓の外をみると'BMA’の文字が(ロンドンは日本と同様、車は左側通行)。ええっと、BMAってなんだっけ、聞いた覚えが、と考えていてふと気づいた−ここは7/7のテロでバスが爆破されたところだ。
テロが起こってから79日目、初めての通過だった。
そこは道路左側がBritish Medical Association(BMA)の建物で、右側には小さな公園(Tavistock Square)がある。公園に目をやると、道路に面した角にいくつか花束が置かれ、ろうそくに火が灯されているのが見えた。犠牲者を偲ぶ人々が今でもこうして慰めのための供物を置いている。

静かに心の中で手を合わせる。

地下鉄テロがあった駅のうち、King's Cross駅周辺は、目的地への通過点であることが多いので時々バスから見るのだけど、事故直後の溢れんばかりの花やろうそく、メッセージがあった場所は、今は立ち入り禁止なのか、バスから見る限り何も見えない。駅の中にどこか供養のための場所が設置されているのだろうか。

あれから自分の中で変わったこと。以前はバスに乗ると2階(top deck)に座っていた。眺めもいいし、1階は体の不自由な人やお年寄り、そして荷物を多く持った人のために開けておくべきだと思っていた−これは、特にこちらでそう言われているわけではなく、M自身での線引きです。だけどテロの爆破が2階で起こったこと、そして7月末に近くで起こったバス内での殺人事件でも、2階でトラブルがあったことから、できるだけ運転手の目の届かない2階は避けようと思うようになった。
昨日の帰路は、1階がいっぱいだったので2階に上がったのだけど、途中で突然下から大声が聞こえたので、(すわ、喧嘩?)と身構えてしまった。よくよく聞いてたら知り合い同士が会ったらしい。
ちょっと用心しすぎかな。
posted by M at 19:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 海外生活
Thu,29 September 2005

今日は

ネコの四十九日。
静かに冥福を祈ります。

最近の天気。
朝は澄み切った青空が広がる晴天。冷たい風が凛としていて気持ちいい。と思っていると、だんだん曇りだし、夕方には雨、なんてことも。
逆に、朝雨が降っていたのに、突然上がって、夕方綺麗な夕焼け空を仰げることも。
一日に全ての天候が詰まっているような日が続いています。
挨拶、話題はまず天気からの土地柄。その理由がわかる気がします。
posted by M at 15:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | ペット
Wed,28 September 2005

9月28日−この10年

1995年の今日−
イスラエルとパレスチナは、西岸の人口集中地域からのイスラエル国防軍の撤退とパレスチナによる自治開始、及びパレスチナ自治評議会選挙の実施について合意、この日合意文書(「オスロII」、「暫定合意」とも呼ばれる)に調印した。
2年前の1993年9月13日の調印式に比べ地味に行われたこの日のセレモニーで、ラビン首相は、前回と違って普通にアラファト議長と握手を交わした。
直後の11月、ラビン首相は暗殺された。それでも12月には西岸の主要都市からイスラエル国防軍が撤退し、翌年1月にはパレスチナ議長選挙と評議会選挙が行われた。

2000年の今日−
シャロン・リクード党首(当時)がエルサレムの神殿の丘を訪問。これに反対するパレスチナ人とイスラエルの治安勢力の間で衝突が発生。
やがてアル・アクサ・インティファーダとして暴力の連鎖が拡大することになる。

2005年−
シャロンは首相としてガザからの撤退を実施。一方で西岸には分離壁を建設、また入植地の拡大を目論んでいると言われ、住宅建設が進められている。パレスチナ側は、ガザからのロケット攻撃を停止し、沈静化を遵守すると宣言したが、まだロケット攻撃が散発して行われ、これに対するイスラエルのガザへの報復攻撃、西岸でのパレスチナ人の身柄確保、逮捕も続けられている。

この10年、事態は進んだのか。

[参考]
1995: Palestinian self-rule in West Bank agreed
2000: 'Provocative' mosque visit sparks riots
(いずれもBBC ON THIS DAYより)
posted by M at 17:18 | Comment(2) | TrackBack(1) | news
Tue,27 September 2005

党内抗争、そして武器を放棄する人々、しない人々

イスラエルでは、昨26日(月)、与党リクードの中央委員会が党首選を前倒しするかどうかについて投票を実施。賛成1,329票、反対1,433票。104票の僅差で前倒しは否決され、予定通り来年4月に党首選が実施されることになった。シャロン首相は元財相ネタニヤフ率いる反対派の突き上げを辛くもかわした。

英国では、現在与党労働党がブライトンで党大会を開催中。昨26日(月)は、次期党首、首相候補と目されるブラウン財相の演説に注目が集まった。さて今日27日(火)のブレア首相の演説はいかに。

イスラエルは、先週末よりパレスチナのガザ地区に対して空爆を実施し、ハマスやイスラミック・ジハード、他パレスチナの抵抗勢力の拠点を潰し、指導者を殺害している。26日(月)、ハマスは武力行使停止宣言を行ったが、その後もイスラエルは新たな攻撃を実施し、西岸では、多くの抵抗勢力の活動家の身柄を捕獲している。

北アイルランドでは、昨26日(月)、IRA(Ireland Republican Army)が保有する武器を使用不能にしたことを国際監視委員会が確認。1998年のGood Friday合意の内容がここにきて一歩進められた。今後は、現在休止されている北アイルランド自治政府の活動の復活がどうなるかが注目される。

自分が見ている地域が同じようなことで動いているなぁ(中身は差があるけど)、と思ったので、こんな記事にしてみました。

おりしも、Good Friday合意の達成に尽力し、今年8月に亡くなったモー・モーラム(Mo Mowlam)元北アイルランド担当相(享年55歳)が、世論調査で、チャーチルやサッチャー、ブレアといった歴代首相を押えて「英国人が好きな政治家」第一位に。彼女はユーモアや誠実な活動で在職中からとても人気が高かったけど、実際演説を聞いてみると、とても可愛い、今時の日本風に言えば「癒し系」を感じさせた。早くから脳腫瘍と戦い、薬の副作用で髪が抜け落ち、太ってしまっても、それを隠そうともしない、飾らないところも魅力だった。Good Friday合意に向けて、刑務所に入って収容されている活動家一人一人を説得して回った。そんな彼女の努力がやっと少しづつを結び始めているんだなと感じた、昨日のIRAの武器使用不能確認の報道でした。

[参考]
Sharon clinches surprise Likud win (Haaretz9月27日(火)付け記事より)
Clock ticking as Brown puts Blair on notice to quit (The Times9月27日(火)付け記事より)
IDF, Shin Bet arrest 82 Hamas, Islamic Jihad men in West Bank (Haaretz9月27日(火)インターネット版より)
http://news.bbc.co.uk/1/hi/northern_ireland/4283444.stm (BBC NEWS|Northern Irelandより)
Mo Mowlam voted UK's favourite MP (BBC NEWS|Engalndより)
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Mon,26 September 2005

Q Magazineが選んだBest British Songは 'A Day In The Life'

#9月14日のチャリティCDの記事の直後に書こうと思ってここまできてしまった。

Q Magazineが選んだBest British Songsは以下の通り。
1. A Day In The Life - The Beatles
2. Waterloo Sunset - The Kinks
3. Wonderwall - Oasis
4. God Save The Queen - Sex Pistols
5. Bohemian Rhapsody - Queen
6. My Generation - The Who
7. Angels - Robbie Williams
8. Life on Mars? - David Bowie
9. Sympathy For The Devil - Rolling Stones
10. Unfinished Sympathy - Massive Attack


The Beatlesが1位(感涙)。The Beatlesから洋楽に入った(正確にはその前にBay City Rollersを聞いてるんだけど)Mとしては素直に嬉しい。このblogを書き始めて以来、この手の記事でずっと他のアーティストが上をいっていたので。
このランキングはバランスが取れていると思う...思うけど、
どうしてLed Zeppelinがいないの?Yardbirdsは?ついこの間ツアーしたばかりなのに。Pink Floidの'Another Brick In the Wall'はダメですか。
やっぱり自分の好みを反映させたいMでした。

[参考]
Beatles hailed 'best of British' (BBC NEWS|Entertainment|Music より

これまでの同様の記事
QueenがThe Beatlesを超えた...。(7月6日(水)) ギネスブックに掲載されたUK Album Chartの在籍記録。
Virgin Radioが選んだUK Best SongはOasis 'Wonderfall'(5月31日(火)) Virgin radioの聴衆者投票によるyour top 100 Great British songs of all time。
Sun,25 September 2005

CSS修正と、タブに画像を入れた作業の記録。

先日「blogを秋らしく模様替え」と書いたけど、IEでは背景色が統一されてない、またあいかわらず右下の画像が記事の背後では隠れてしまっている、ことが判明。確認して造ると、CSSでbodyではbeigeに変更してあっても、container、blogbody、.sidetitleで白背景の設定が残ってて、FirefoxやOepraではそれらは無視されていたのに、IEではしっかり読み込まれてbeigeの上に白が上書きされていたのでした。IEでご覧いただいている皆様、お見苦しかったことをお詫びします。

うーむ、私のCSSの理解不足も大きいけど、どうしてこうもブラウザによって違うんだ?
CSSを編集する時は、FirefoxでWeb DeveloperのCSSの編集機能を利用。以前はオンラインCSSエディタたぬきのしっぽさまを利用させていただいていたのだけど、別ウインドウと編集画面をいったりきたりするのがちょっと面倒だった。Web developerなら左サイドに表示されたCSSを変更するとすぐ反映結果が右画面に出るので便利。編集したらそれを保存し、CSSを上書きすれば終了なので簡単。

今日はもうひとつ、タブのblog titleの前に画像を入れてみた。

[方法]
1.あらかじめファイルマネージャーに使用したい画像、イラストなどを取り込む。
2.[デザイン]−[HTML]を開き、HTMLを追加し、新しいHTMLを開いて〜の間に、以下のタグを挿入する。

<link rel="icon" type"image/(ファイルの種類jpg,gifなど)" href="http://ファイルマネージャーに取り込んだファイル名"/>

#最初と最後の<>は全角にしてありますが、実際には半角。

3.編集したテンプレートを保存して終了。

タブブラウザをお使いの方には、マグカップの絵を楽しんでいただけると思います。
いつもながら、G. B. Material様のところからお借りしました。ありがとうございました。

[注意]
あくまで参考です。この作業を行いたい場合は自己責任で行ってください。
この作業を行ったことによるいかなる責任も当方は負えません。特にHTMLを編集することになりますので、作業は慎重に行ってください。失敗したらデフォルトに戻してください。

参考にしたのはこのページ。親切だかどうだかわからない書きぶりだけど。

#もしかしてSeesaaのオリジナル・アイコンを入れるべきだった?
Sat,24 September 2005

good news−尼崎のJR脱線事故で意識不明の重体だった女性、意識を回復し母親に語りかける

4月25日(月)のJR福知山線の脱線事故で重体となる怪我を負い、意識不明の状態が続いていた女性が、意識を回復し、言葉を発せられたそうです。

よかった。
怪我の具合など詳細は記事には出ていないけど、ご回復を心からお祈りします。

人間の生命力って凄い。

[参考]
重体の女性、意識回復 尼崎JR脱線事故(共同通信フラッシュニュース)
事故についてMが考えたことはこちら(2005年5月25日(水)の記事)
posted by M at 19:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | news
Fri,23 September 2005

エジプト−ガザ間の国境開放で、パレスチナに密輸されたものは

この夏、イスラエルが38年軍事支配していたガザ地区から撤退した。イスラエル国防軍の撤退直後から、ガザのパレスチナ人が退去してエジプトとの国境であるラファハ(Rafah)に押し寄せ、壁を乗り越え、あるいは壁を壊してエジプト側へ向かう姿が見られた。まるでベルリンの壁が崩壊した時のような光景だった。パレスチナもエジプトも、当初は「ガス抜き」とばかりに国境を開放したままにして、多少の行き来は目をつぶっていたが、制御がきかなくなってきて、今週国境を閉鎖してしまった。何百人かのパレスチナ人がエジプト側に取り残されたままになってしまったが、明日23日(金)には検問所を解放して、戻れるようにするそうである。

エジプト側に言ったパレスチナ人は、長年国境を隔てて離れ離れになっていた親戚と再会したり、買出しにと忙しかった。パレスチナ人が入手したものは、日用品、食料ばかりではない。武器も多くガザに密輸されたと見られている。主に通常兵器だが、カチューシャミサイルや弾薬が大量に入り、ガザの武器市場は暴落しているようである。

パレスチナ人が入手したのは日用品や武器ばかりではない。なんと彼らは、「エジプト人花嫁」まで「密輸」していたのだ。先週1週間で約100人のエジプト人女性が、正式な手続きもしないままガザに「嫁入り」したとか。
パレスチナ人男性にしてみれば、エジプト人女性との結婚は、花嫁の持参金が多く、費用がかからなくてすむらしい。また、既に結婚していて、第2、第3夫人を探している男性が多いらしい。
エジプト人女性の側も、「エジプトの経済状況はガザほど良くなくて」ガザで暮らすことを望んでいるとのこと。ガザって、通常は貧困や経済状況の悪化が話題になるけど、エジプトよりも良いんだ。これには驚き。またエジプト人女性曰く、「パレスチナ人男性はエジプト人男性よりも良いのよ。奥さんをどう面倒見たらいいのかわかってるし、そこそこ良い暮らしをさせてくれる」。親もパレスチナに嫁がせたがるのだとか。

今後もまだまだ国境の行き来に関しては不安定で、エジプト、パレスチナ双方が上手くコントロールできるのか、それとも第三者(EUが取りざたされている)の監視がつくのか、これから話し合われるところ。
でも人々は既にしっかりと交流している。

[参考]
Egyptian Brides smuggled into the Gaza Strip (9月20日(火)付けJerusalem Postより)
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Thu,22 September 2005

敵に砂糖を送る!?

ちょっと前のnewsですが気になっていたので。

インドとパキスタンは、インドから非課税でパキスタンに砂糖を輸出することで合意。パキスタン政府は、過去4年間インド産砂糖の輸入禁止措置をとっており、国内の砂糖の値段は高騰していたが、和平交渉が進み始めたことでこの禁止措置を解除する事を決定、さらに非課税輸入に同意した。

なるほど、インドとパキスタンの間は砂糖ですか。塩じゃないのね。といっても上杉謙信は武田領内に無料で塩を送っているはず。こちらはあくまで「非課税輸出」。ちゃんと貿易を行っています。

紛争地域も和平の兆しが見えているところが多い。このカシミールもそうだし、スリランカでも対話が始まったという報道も。北アイルランドは、IRAが武器放棄宣言をしたけど、今月に入ってまた週末のパレードで小競り合いが起こってしまった。イスラエルとパレスチナも、イスラエルのガザ地区での軍事占領は終了したけど、まだまだ解決されていない問題が山積みで、パレスチナ内部も混乱している。一旦紛争になるとなかなか絡み合った紐は解きにくい。

だからこんなnewsに接するとほっとする。紛争が終わって、人々の暮らしが落ち着いて、経済活動が盛んになっていくことがより安定をもたらす。長年の敵対心はそう簡単に解けるものではないから、ひとつひとつ絡まったところを解していくしかない。

パキスタンは最近積極的な動きを見せているなぁ。イスラエルとの接触も公になったし。

ところで、インド−パキスタン間に「砂糖の道」ってあるのかしら。

[参考]
India exports sugar to Pakistan(BBC NEWS|World より)
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Wed,21 September 2005

自爆テロの予行演習とCCTVの映像

7月7日(木)のロンドンの自爆テロの犯人のうち3人が、9日前に予行演習をしていたことがCCTVの映像で判明。

犯行直後、「本人たちは何も知らずに荷物を担がされて、遠隔操作で爆破された。」という主張もあったけど、これで自らの意思で自爆テロを実施したことがほぼ確実になった。

自分が死ぬための、人を殺すための予行演習を行うって、どんな気持ちなんだろう。

そのことよりも、このnewsで驚いたのは、膨大なCCTVの映像から彼らの姿を見つけ出したこと。
ロンドンの街を歩いていると、大通りや人が集まる場所にはそこかしこにCCTVが取り付けられている。家の近くには市内を北から南に抜ける主要道路(A1)があり、この道沿いにはカメラがびっしり。こんなたくさん取り付けて誰が見ているんだろう、本当に見てるんだろうかと思っていたけど、ちゃんと見てるんだ。
CCTVの映像で市内中心部に入る車のナンバーをチェックして、渋滞税(8ポンド=約1,600円!)を支払っているかどうか見ているんだし。これも、映像なんて見逃がさないかと思うけど、見逃してないもんね。
安心だけど、常に見張られているような気がしないでもない。George Owellの「1984」まではいかないけれど。今日も道すがら頭上にCCTVを見つけて、(今あそこに写っているんだろうな)と思いながら歩いていた。

ところでこの自爆テロのnews、夕方6時のラジオではトップニュースに入っていませんでした。トップニュースは、イラク、council tax(住民税)の見直し延期、ケイト・モスとか言うモデル(すいません、知りません)の薬物疑惑。既にそんな扱い?

[参考]
London bombers staged 'dummy run'(BBC NEWS|UKサイトより)
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Tue,20 September 2005

彼岸の入りなので&感謝の日々。

秋らしくなるように模様替えしてみました。
写真素材は今回もHare様のところから。三度目です。ありがとうございます。

昨日から大勢の人と話していて、大勢の人に支えられているんだと実感する日々。
ひたすら感謝。ありがとうございます & Thank you.
posted by M at 05:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然なるままに
Mon,19 September 2005

喫煙者に注意できるか。

先日、友人とコーヒーショップで待ち合わせた時のこと。先に店について席を確保し、友人を待っていた。と、背後からマッチをする匂いが。

くるり。

オヤジ英国紳士然とした男性がパイプをふかしていました。

でもこのコーヒーショップ、先月全面禁煙になったはず...と思ってサインを探すけど、遠くの壁に小さなものが一つだけ。こちら側の区画にはない。

間をおかずやってきた友人も、「ん!?」という表情。二人で、「ここ禁煙よね」と言いながら、ちらちら、時にはじーっとその男性と連れをみるのだけど、全く効果なし。
丁度お昼過ぎでお店はいっぱい。その界隈にはコーヒーショップがそこを含めて3件あるのだけど、ここが一番込まないはずなのに。

我慢して彼を背に座る。さほど煙たくはないけど、ルールを守らないというのが私も友人も気に入らない。
といっても友人は、とても物腰が穏やかで、こういう時注意するタイプでもないし、私も「言おうか」とはいってみるものの、今ひとつこういう場での異国のルールがわからないので躊躇し、結局言わないまま。

そうこうしているうちに、私と友人の打ち合わせにも熱が入ってきて、件の男性のことも忘れていた。その日は私がPCを持参して友人にいろんな音源を聞かせていて、大音量を発していて、もしかしたら私たちのほうがよっぽど迷惑だったかも。
しばらくして気づくと、コーヒーショップはガラガラ。

やがて
友人「あれは、この近くのパブリック・スクールの先生ね。」
M「そうなの!身だしなみが整っていて、ちょっとカラフル(ブルーのシャツに、黄色のネクタイ、ネクタイにコーディネートしたかのような、淡いブラウンのジャケット)だったから、マスコミの編集者かと思った」
友人「でもさっき、女子高生が来て彼らに挨拶していたのよ。」
M「(ああ、女子高生、入ってきてたな。)だったらなおさら、禁煙の場所で喫煙してちゃダメじゃん。」
友人「ホントよね。」

さてこういう場合、どうします?
私はその時の状況によって言ったり言わなかったり。
連れがいなくて、煙害が酷いと間違いなく文句をいいます。これは日本でも外国でも同じ。
友人がいると、揉め事になった時迷惑かけるとまずいな、と躊躇することが多い。

英国人も、こんな場合、はっきりいう人もいれば、黙っている人もいる。この辺りは洋の東西を問わず同じ。

つまりは、洋の東西を問わず、難しい問題ってことなのですね。
posted by M at 04:21 | Comment(2) | TrackBack(0) | 海外生活
Sun,18 September 2005

左サイドバーの項目を折りたたみにしてみました。

長くなって気になっていた左サイドバーを開閉形式にしてみたかったのですが、その方法を「思いの袖丈」さんのこの日の記事で発見。用意されたスクリプトをコピペするだけで簡単にできました。
各項目の内容を見たい方は、三角矢印を押していただくと開閉します。

#詳細は、ここでスクリプトを書けない(私に書くスキルがない!!)ので、上のリンクで飛んでください。

「思いの袖丈」の*マーキュ*さま、ありがとうございました。

あわせて項目の順番の整理、そして−これがしたかった−「最近のお気に入り」項目を追加。手始めに、クラシック音楽最開眼の今年、一番感動したNikolaj Znaider氏の新作アルバム(9月27日発売予定)を載せてみました。メンデルスゾーンとベートーヴェンの協奏曲が収録されています。

これで少しはすっきりしたかな。
Sat,17 September 2005

国連安保理会議でブッシュ大統領にとって重要だったこと

14日(水)、国連安保理会議場にて。
bush11.jpg
"I think I may need a bathroom break? Is this possible?"
(「トイレ休憩したいんだけど。いいかな?」W.)

(ライス国務長官にメモを書くブッシュ大統領)





bush21.jpg
(ライス国務長官にメモを渡すブッシュ大統領)









上の写真は、「ブッシュ君はトイレに行きたいの("Bush Needs to Go Potty")」という見出しで世界中に配信され、15日(木)付けのThe Timesの一面に載りました。

大統領ってのも大変ですね。

[参考]
-Excuse me Condi, can I go to the bathroom?(The Times9月15日付けインターネット版より)
-Please Miss, may the US President be excused from the room?(The Times9月16日付け紙面より)
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Fri,16 September 2005

ヘンリー王子(Prince Harry)とハリー・ポッター

昨15日(木)はPrince Harryの21歳の誕生日。新聞、TV、ラジオがこぞって彼のインタビューを報道していた。
その内容を受けた日本の報道を見たのだけど、

「ヘンリー王子」。

それ誰?

Prince Harry。本名はPrince Henry Charles Albert David(ヘンリー・チャールズ・アルバート・デヴィッド王子−こちらのやんごとなき方はお名前が長いのです−)。日本の新聞は本名に即して「ヘンリー王子」って書いているんだろうな。
でもこちらでは専ら愛称の「Harry(ハリー)」で通ってるし、バッキンガム宮殿の公式サイトも'Prince Harry'で、発表なども'Harry'。
ここは日本の報道機関も、バッキンガム宮殿の呼称に倣って'Harry'(ハリー)としても良いのでは。

ハリー・ポッターは多分「ヘンリー」と書いてあることはないと思うけど、この新聞報道のルールに照らしたら、ヘンリー・ポッター、略してヘン・ポタになってしまうよ。

Prince Harry、問題行動もいっぱい起こすけど、なぜか結構国民には愛されている存在。昨日の誕生日の報道もお祝いムードに満ちてて、これまでのパーティでの醜態や、ナチスの服を着たことなども、本人がきちんと謝罪しているからか、まぁ大目に見てやろう、という感じ。でも本人は、チャリティなどに興味を示し、また現在サンドハースト士官学校で学んでいることから国の防衛に意欲的な反面「これからもパーティには行くよ。僕は僕だから(I am who I am)」。
実は初めて声を聞いたのだけど、可愛い顔に似合わない、意外に低い声。日本の皇室関係者の記者会見はかしこまった感じのやり取りが多いけど、今回のインタビューは気さくな感じで、英語も若者言葉がどんどん出てきて、歳相応の、普通の話し方をしているな、という印象でした。
因みに昨日は特に行事はなし。王子ご本人は士官学校の訓練で、ウェールズの山中のトレンチの中にいたはず。

[参考]
Prince Harry(イギリス王室のサイトより)
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Thu,15 September 2005

在外邦人の選挙区での選挙が可能に。

14日(水)、最高裁は、在外邦人の選挙に制限を設けている公職選挙法の規定を違憲と判断、選挙法を改正しなかった国の不作為を認めた。
(在外選挙権の制限は違憲 選挙区投票認める 最高裁判決(朝日新聞インターネット版記事))

在外邦人には長い間選挙権が認められず、98年の公職選挙法改正で衆参両院とも比例区の投票は認められても、選挙区の投票はできないままだったけど、今回の最高裁の判断で選挙区への投票も可能になる。
この判決、何が画期的って
・必要があると知りながら公職選挙法改正を行わなかった国の立法不作為(84年に改正案が国会に提出されたけど廃案になり、98年の改正時にも、選挙区選挙について見直しを行うとしていながら行わなかった)を認めた。
・不作為による賠償請求を認めた。
・選挙区での選挙権を認めたことで、早急な法改正が求められることになった。
→小泉首相は次回国政選挙(遅くとも2007年の参院選挙)までに法改正を行わなければならないとの認識を示した(日本経済新聞インターネット版より)
→総務省も次の通常国会に法改正案を提出することを目指すと発言(共同通信フラッシュニュースより)

おそらく公職選挙法制定当時、ここまで世の中の人やモノの移動が進んで、日本人が海外に出て行くことを想定してなかったんだろうな。いまや70-72万人とも言われる在外有権者、現在の国内のどれだけの選挙区の有権者数に匹敵することか。これは大きいですよ。15日(木)付けの日本国内の全国紙の社説はいずれも判決を支持していますね。

でも問題も。現行の手続きは面倒。有権者が在外の領事館で登録し、その内容が地元の選挙管理委員会へ届けられて確認が済んで登録証が届くまで時間がかかる。また投票も、領事館が遠い人は二の足を踏んでいるし、郵便投票手続きもややこしい。産経新聞の主張は在外邦人の登録数、投票率の低さを指摘しているけど、法改正には手続きの改正も望みたい。

今回の判断では、選挙公報等充分な情報が伝えられないとして不平等を訴える国側の主張も、情報伝達手段の発達を理由に退けられた。これはインターネットを利用した選挙運動についての見当にも弾みをつけるんじゃないかな。政見放送を見てる人って少ないし、無所属だと政見放送ができないって被選挙者側から見たら不公平だよね。選挙カーで名前を連呼されるだけで何やっているかわからないで判断しろっていうだけの選挙から、政治家や候補者が積極的に製作や実績を主張して、有権者側がアクセスしやすいようにして欲しい。今回の選挙でも、選挙期間中だけネットのサイトのページを閉じても、それまでに立候補者側は発信を積み重ねていれば良いんだし、意味がない。それにネット上の選挙がダメで、TVのワイドショーで報じられるのはいいの?政策でなくて派手さや見栄えだけの競争になってるんでは、と心配。

閑話休題。
今回の判決にあたって原告団となられた13人の方々、本当にお疲れさまでした。
それにしても賠償金額が5,000円って。まぁ今回の判決は、賠償金額の多寡以上に判決内容の価値は大きいのだけど。

ところで、法改正前に首相が衆院を解散して選挙になったらどうなるんだろう?違憲状態の選挙法で選挙しても無効とされてしまわないか。それに−今国会の情勢、数として考えられないけど−内閣不信任案が可決されたら?この場合は内閣総辞職で済むけど、これまで不信任案が可決された時は結局衆院解散してきたんだよね。

[参考]9月15日(木)付け全国紙社説
在外投票制限違憲 急ぎ公職選挙法の改正を(産経新聞)
在外選挙権 国の怠慢は酷すぎた(朝日新聞)
[在外邦人選挙権]「国の不作為に踏み込む最高裁」(読売新聞)
在外選挙制度 国会は時代の要請に応えよ(毎日新聞)
最高裁の選挙権判断は当然(日本経済新聞)
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Wed,14 September 2005

Help:A Day in the Life−チャリティCD

戦争に巻き込まれた子供たちを助ける運動をしている組織を支援するためのチャリティCD。Coldplay、Radiohead、Gorillazなどが参加。CDの発売は今月26日だけど、先週末に既にdownloadでの先行販売が実施されていて、週末の2日半で4,000枚分がdownloadされたとのこと。
B000B8TOCQWarchild: Help - A Day In The Life Of
Various

by G-Tools

1995年にも'Help'というアルバムを発売していて、OasisやPaul McCartneyも参加しており、かなり話題になったよう。
War Childの活動は、Brian EnoとTom Stoppardが立ち上げて、このCD収入やPavarottiの支援などでボスニアで様々なプロジェクトを実施し、今は活動の場を他の紛争地域に広げている。

War Childというと、紛争地域で幼い子供たちもゲリラ戦に参加して、機関銃を持ってタバコをふかしている写真を思い浮かべたけど、この活動の目的を読むと紛争の被害者となっている子供に焦点を当てている。でも参加した歌手の中に、実際に子供の頃ゲリラに参加して、そこから抜け出して英国で教育を受け、今ラッパーとして活動しているEmmanuel Jalもいるから、どんな形であれ紛争に巻き込まれている子供たちのためのチャリティ活動なのだろう。

[参考]
Rush to download War Child album(BBC NEWS|Entertainmentより)
War Child公式ページ
War Child MUsic(アルバムがダウンロードできます。)
Tue,13 September 2005

オスロ合意から12年目。

12年前の今日、9月13日、イスラエルのラビン首相とパレスチナ解放機構(PLO)の指導者アラファトが互いの手を握った。イスラエルはアラファトが率いるPLOをパレスチナの唯一正当な代表、交渉相手と認め、PLOはイスラエル国家を承認、西岸とガザでパレスチナの暫定的自治を始め、和平交渉を進めることに合意し、ワシントンで調印式が行われ、二人が握手したシーンを世界中が見守った。
けれどその時点では、主な問題は「今後交渉」として先送りしていた。その問題のうちの一つが、西岸とガザ地区内にあるイスラエル人入植地である。

12年後、ラビンもアラファトも既にこの世の人ではなくなった。ラビンの和平合意に反対したシャロンが、イスラエルの首相としてガザ地区からの撤退を実施した。オスロ合意に基づいたものではなく、ガザに留まり続けるコストと危険を考えての現実的な判断からである。今日シャロン首相は国連総会出席のためニュー・ヨークに向かう。そこで彼は各国首脳と会談し、総会では、撤退を実施した英断に賞賛を浴びるだろう。かつてアラブとの戦争で数々の武勇伝を残し、1982年レバノンでのパレスチナ難民虐殺の責任者として世界中から非難されていた彼は今、「中東和平を推進する人物」として賞賛を浴びている。

暫定自治合意からガザの撤退までに12年を要した。けれどもこの撤退は、ガザに完全な自由をもたらしたものではない。昨日の記事でも触れたけど、国境(境界)の交通はおろか、制空権、制海権もイスラエルが握ったままである。ガザのパレスチナ人にとって自由になったのは、ガザ地区内の移動だけ。それまでは地区のど真ん中にイスラエル人の入植地があり、地区内の移動さえままならなかった。それに、2001年から続いたインティファーダの影響でパレスチナの経済は疲弊している。イスラエルの撤退を己の自慢としようとするハマスとパレスチナ自治政府(PA)の間の権力闘争もあり、治安の悪化も心配されている。治安の安定と経済活動のてこ入れ、と課題は山積みなのが実情。
昨日から、ガザはイスラエル軍の撤退にお祭り騒ぎだけど、これが冷めて現実を見つめた時の反応が心配である。
先週、ガザの元治安部隊のトップだった人物(アラファトの甥(従兄弟とも言われる))が殺害された。治安の悪化を受けて、アッバスPA大統領はニュー・ヨーク行きをキャンセルした。ニュー・ヨークでシャロン首相と会談との噂もあったので残念なことであり、またそれだけパレスチナの状況が厳しいということなのだろう。

[参考]
1993: Rabin and Arafat shake on peace deal(BBC on this dayより)
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Mon,12 September 2005

イスラエル軍、ガザ地区から撤退。38年の軍事支配に幕。

12日(月)午前7時頃(GMT+3、日本時間13時頃)、最後に残っていたイスラエル軍部隊が、ガザ地域を出て検問所を閉鎖。38年続いたイスラエル軍のガザ地区の軍事支配が終了した。
入植者の撤退は既に昨月終了し、入植地内の建築物はシナゴーグを除いて全て破壊されていた。昨11日(日)、イスラエル軍は軍事施設も破壊した。
入植地跡地はパレスチナ人が大勢繰り出してお祭り騒ぎのよう。あちこちで記念写真をとる風景も見られるとのこと。

イスラエル軍が撤退し、ガザ地区は全土か自治地域となったけれども、完全ではない。イスラエルは制空権、制海権を握ったままだし、ガザとエジプトの国境検問所はイスラエルとエジプトによってコントロールされる。パレスチナは、このあたりの点を不満として昨11日(日)に実施される予定だったイスラエルとパレスチナの治安権限移管の合同式典をボイコットした。

問題が残された中だけど、パレスチナはガザの治安安定と、入植地跡地の開発に取り組んでいくことがまず何よりも重要だろう。イスラエル軍の撤退を自らの武装闘争勝利とするハマスが権力を握ろうとしてパレスチナ自治政府(PA)と争っているけれど、そんなことをしているのではなく、協力していかに今後ガザを開発、発展させていくかを考えていく時ではないか。取り戻した入植地跡地をいかに上手く利用して住宅や産業地域を建設していくか、支援国の協力を得て取り組まなければならない。
この部分についても、67年のイスラエルの軍事占領前に土地の所有者だったとして、所有権を主張するパレスチナ人難民の存在もある。こういった点の整理も必要になってくる。

また西岸にはまだ大部分でイスラエル軍が治安権限を維持しており、大小の入植地も残されたままである。

パレスチナが欲しいのは何よりも「独立国家」。
イスラエルが欲しいのは何よりも「国家の存続」と「安全に暮らせる生活」。
双方望むことははっきりしているのだから、互いの希望を果たせるよう、暴力の停止、交渉による和平の推進、パレスチナ国家建設へのイスラエルの協力が何よりも重要(...と書いていて気づいたけど、これはロード・マップ(中東和平の指針)のテーゼではないか)。

再び暴力の連鎖になることなく、イスラエル・パレスチナ両当事者による交渉によって和平を進められて欲しい。

[参考]
IDF leaves Gaza after 38 years of military rule(9月12日付けHa'aretz紙インターネット版より)

イスラエル撤退までの主な流れ
1967年
6月5-11日 6日戦争(第三次中東戦争)。イスラエル、ガザを軍事占領。
2003年
12月16日 シャロン首相がヘルツェリアの会議で「撤退計画」を表明。
2004年
4月14日 シャロン-ブッシュ会談。ブッシュ大統領が「最終的地位の結果1949年の休戦ラインに完全に戻ることは非現実的である。」とする書簡をシャロン首相宛に送る。
6月6日 イスラエル、閣議で撤退計画を了承。
10月26日 イスラエル国会、撤退計画を了承。
11月11日 アラファトPA議長死去。
2005年
1月9日 ムハマード・アッバス(アブ・マーゼン)、PA議長に就任。
2月8日 シャルム・エル・シェイク・サミット。シャロン首相、アッバス議長、ムバラク大統領、アブドッラー・ヨルダン国王会談。
8月15日 イスラエルの撤退法施行。
8月17日 イスラエル軍、入植者の強制排除開始。
8月22日 ガザ地区の入植者撤退完了。
8月23日 西岸4地区の入植者撤退完了。
8月24日 イスラエル・エジプト、ガザとエジプトの境界(フィラデルフィ回廊)沿いのエジプト軍配置に合意。
9月10日 エジプト軍、パレスチナ治安部隊、フィラデルフィ回廊沿いに治安部隊配置。
9月12日 イスラエル軍、ガザ地区から撤退完了。
posted by M at 17:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | news
Sun,11 September 2005

9.11(セプテンバー11)

実家で机の周辺を整理していた時のこと。旅行先などで集めた大量のマッチがあった。(自分じゃ使わないから)、と台所にあるマッチを入れておく箱にどっと入れておいた。

しばらくして、母が「マッチ箱の中にこんなのが入ってたけど」と言いながら、小さな切符のようなものを持って部屋に入ってきた。

その青い小さな紙切れは、「ニュー・ヨークのワールド・トレード・センター(W.T.C.)の入場券」だった。大学4年の春、サークルの活動でN.Y.に行った際訪れたワシントン・スクエアの近くのレストランのマッチ箱に入れていたのだった。

このN.Y.滞在時、サークルの先輩と同輩と共にW.T.C.の屋上に上った。そこから見下ろすN.Y.の夜景はあまりにも綺麗で、街の活気を感じた。この活気が世界を動かしているN.Y.のエネルギーなんだと感じた。

2001年9月11日、そのW.T.C.に旅客機が激突し、やがてビルが2棟とも崩壊するのを、深夜の日本でTVを通して見ていた。

あれから4年。
あれからどれだけ多くのことが変わったかは、ここで書くまでもない。
今日も、イラクでのテロのニュースが流れている。
W.T.C.の入場券は、財布のお札入れの部分に入れてある。

9.11は、わからないことが多くて、私の中でどうとらえるべきか位置づけが決められない。
ただ、今N.Y.に行っても、あの時W.T.C.の屋上で感じた魅力は感じないだろうと思う。
でもあの滞在時、一緒に行ったサークルの女性メンバーで食事をして「またここで食事をしようね」という約束を果たせたら、とは思う。


9.11に関係する映画や本はいっぱい出ているけれど、今のところ一番印象に残っているのはこの映画。
B0000A5B3Pセプテンバー11
オムニバス ジャック・ペラン ショーン・ペン

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9.11をテーマにした、世界の11人の映画監督による短編(11分9秒)のオムニバス映画。それぞれの監督がそれぞれの視点で撮っている、その違いがおもしろい。9.11について正面から捕らえたものもあれば、そうでないものも。
前者では、聾者の女性がテロに気づかず、その背後でツイン・タワーに旅客機が突っ込んでいく映像が映し出され、喧嘩して出て行ったカメラマンの恋人が、テロの中が暦の埃にまみれて帰って来る話(クロード・ルルーシュ監督)の作品が秀逸。他に、ブルキナ・ファソの貧しい新聞売りの少年が、新聞に掲載されたビン・ラディンそっくりの男性を見つけて、彼のことを通報したら新聞に出ていた懸賞金を得て家を貧しさから救える、と男を追う、ちょっとコミカルな作品(イドリッサ・ウェドラオゴ監督)は、米国の事件とアフリカの距離の微妙さが感じられておもしろい。
後者では、何といっても1973年9月11日のチリのピノチェトの軍事クーデタを撮ったケン・ローチ監督の作品が素晴らしい。特に英国ではピノチェトを巡りいろいろと議論があり、9.11といえばチリも、と今日もニュースで取り上げている。

この映画の詳細は、Cmf◇シネマなシアワセ◇さんのこのページが詳しいです。
posted by M at 18:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画
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