店主敬白
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Thu,06 October 2005

On this day−10月6日

1973年の今日、エジプトとシリアがイスラエルを攻撃。中東は幾度目かの戦渦に陥った。
この戦争、日本では「第四次中東戦争」といわれるが、一般には、この日イスラエルが贖罪の日(Yom Kippur(ヨム・キプール:Day of Atonement))だったことから、「ヨム・キプール戦争」と言われる。またイスラム社会がラマダン月であったことから、「ラマダン戦争」とも言われる。
67年の6日戦争で大敗を喫したエジプト、シリアは、今回は先制攻撃を仕掛けて一矢報いたが、すぐにイスラエルが体制を整えて反撃。ゴラン高原、そしてシナイ半島で激しい攻防が続いた。10月22日、国連安保理で決議338(注1)が可決され、24日には停戦となった。
Anwar Sadat(アンワル・サダト)・エジプト大統領は勝利を唱え、イスラエル側は、実際の戦闘にはほぼ勝利したものの、敗北感が漂い、Golda Meir(ゴルダ・メイア)首相は責任を取って辞任した。

この後、サダト大統領は一転してイスラエルとの和平へと進む。77年11月、イスラエルを電撃訪問、翌78年9月には米国のCamp David(キャンプ・デーヴィッド)で、Jimmy Carter(ジミー・カーター)大統領の仲介のもと、イスラエルのMenachem Begin(メナハム・ベギン)首相との間で、「中東和平の枠組み」について合意に達し(キャンプ・デーヴィッド合意)(注2)、その翌年の79年3月26日、イスラエル・エジプト和平条約が締結された。
この条約締結により、エジプトは西側諸国からの支援を得たが、アラブ社会では、アラブ連盟から除名され孤立。サダト大統領は、戦争開始の8年後のこの日、戦争勝利を記念する軍事パレードの最中、イスラム過激派により暗殺されてしまう。

1989年、エジプトはアラブ連盟に復帰、イスラエルとは「冷たい関係」と言われながら外交関係を保ち、最近の中東和平交渉では、サダト大統領の後を継いだHosni Mubarak(ホスニ・ムバラク)大統領が地域の大国としてキーマン的役割を果たしている。

注1:戦闘の停止、及び67年の6日戦争時に採択された決議242の実施を確認するもの。
注2:現在の中東和平の枠組みの基礎となっている。

[参考]
-1973: Arab states launch war on Israeli forces
-1981: Egypt's President Sadat assassinated
(いずれもBBC ON THIS DAYより)
posted by M at 04:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | news
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