店主敬白
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Fri,14 October 2005

そして ひと粒のひかり (Maria Full of Grace)

-These pellets contain heroin. Each weighs 10 grams. Each is 4.2 cm long and 1.4 cm wide. And they're on their way to New York in the stomach of a 17-year-old girl.
-Based on 1,000 true stories.
-運命は わたしが 決めるのを 待っている

2004年の米/コロンビア映画。コロンビアの片田舎で暮らす17歳の少女マリアが、失職し、家や愛していないボーイフレンドとのごたごた(じゃあ妊娠するようなことするな、こら)にうんざりしていた時、偶然の出会いから仕事を紹介されるが、その仕事は麻薬の運び屋。お金と、そして日常から抜け出すために、運び屋になることを引く受けてしまう。渡米する彼女を待ち受けているものは...。

むぅ、私はこの映画に、「ひかり」も「希望」も見出せなかったのですが。
やや遅れて入ったMの目に飛び込んできたのは、スクリーンいっぱいに広がった、真っ青な空と、余るほどの陽光が輝いているコロンビアの風景。(これは素朴さに心が洗われる映画か)と思ったら、そうではなかった。
コロンビアでは、マフィアによる米国への麻薬の輸出が問題となっているが、その運び屋はこの映画にも描かれているように、麻薬を体内に飲み込み、まさに体で「運び屋」となっている。マフィアによるその構造は映画の中で淡々と描かれる。
危険を冒してNew Yorkに渡ったマリアの目に映る風景は、中心部の華やかなマンハッタンではなく、移民たちが集まって暮らす地区であり、彼女はそこで、コロンビア人の中で、コロンビア人の人脈を頼って生きる。彼女は米国という名のついた地上にいるだけで、米国の中には溶け込んでいない。
ここで、「一応ハッピーエンド」、「見終わると清涼感が」とあるけど、全く感じなかった。この終わり方で、彼女の将来に希望が見えるのだろうか。最初に映し出された美しいコロンビアの風景と対照的な、雑然としたNew Yorkの風景は、寂寥感しか感じさせなかった。
そしてこの映画、どうしても「米国から見たコロンビア」の視点でしか描かれてないように思われたのだけど。いや、映画としては良い映画なんだろうけど、ベルリン映画祭で銀熊賞も取っているし。でもコロンビア人の視点だったらもっと違った描き方があるのでは、と思う。
音楽は良かった。場面場面で背景に流される歌、Sheryl Crowを思わせる女性の声の主題歌とも心地よく映画を楽しませてくれました。

[参考]
公式サイト:英語 日本語

鑑賞メモ
posted by M at 05:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画
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